<聞き手:島本昌浩>

インタビュー実施日2020年5月23日@Zoom

島本との縁

まず、こちらが口を挟まず、橋本さんから同席していた初対話となったりょう育ママに対して、ご自身のことを語って頂きました。

宝塚市役所で働いています。
島本さんとは商工会議所の青年部の交流会で出会いました。
島本さんが行政書士として開業した頃で、バリアフリーチャレンジも立ち上げて頑張っていきます
という頃に出会って、そのときに、「また今度お会いしましょう。」と言ったところ、
「社交辞令なしですよ。必ず連絡しますからね。」と言われたのが印象的で
なかなか食いつきの良い人だなと思いました(笑)
車椅子ユーザーだったので目立っていたということもあったのですが、
それだけではなく、考え方がおもしろい人だなと思って、そこからのお付き合いです。
じっくり関わることになったのは、「デフパペットシアター」という、
ろう者と健聴者混成の人形劇団があり、
実行委員会形式で全国で公演されていて、
宝塚でやりませんかというお話がありました。

自分でやるのは大変だと思ったので、島本さんがやるなら一緒にやろうと思って、
島本さんに持ちかけたら
「う〜ん。いいですよ」ということになり、
「じゃあ島本さん委員長ね!」ということで、
僕も裏方で手伝わせてもらいました。
その時は、島本さんがバリバリ仕切ってくれました。
宝塚のろうあ協会の方々が実行委員会に入ってくれて、結果的に公演は大成功。
普段、手話が母語の方と密にコミュニケーションする機会がなかったので、
僕も面白い経験をさせてもらいました。
島本さんともディープコンタクトということになるんですかね。
最近はご縁が薄れていて、あまり接点がなかったのですが、
先日たまたまプライベートなことで相談させてもらって。

ずっとバリアフリーチャレンジ!のフォローはさせてもらっているのですが、
最近ライターさんも増えてきて、島本さんだけの目線だけじゃなくて
バリエーションも増えてきて面白いなと思って、今回から関わらせていただいています。

仕事について

メインの仕事は市役所の窓口サービス課で年金担当をしています。
市役所の年金は障害年金が大きなテーマになっていて、特に精神の方が多いです。
また、宝塚市役所の労働組合の書記長としても、もうすぐ丸4年になります。
普段、行政職員として働いていると、上から言われた仕事をすることが多いのですが、
労働組合の場合は、プロパー職員も雇用しており、どうやって組織をマネジメントしていくかという感じで、
様々な課題に取り組んでいるので、とても奥が深くて楽しませていただいてます。
―今回ライターにご応募いただいた最大の動機は?

(橋本)
コロナの問題があり、日本社会が大きく変わっていくんだろうなと思っています。
どう考えてもこのままの状況で続けていって持続可能性があるとは思えない。
コミュニティーをベースとした社会を創っていく、取り戻していく必要があると思う。
福祉はビジネスの論理だけでは成り立たず、助け合いという共同体の原理があって
初めて成り立つものであると思っている。
その理念、形を創っていくことがとても大事だと思っている。
福祉制度はどうしても行政の領域で動くところがあり、縦割りになってしまう。
何か課題を解決するために、さまざまな制度を作ろうとするけれど、どうしてもこぼれてしまう部分がある。
それに対して、根っこのところで生きている人間のコミュニティーという、生の姿をベースとして、
支え合う、助け合って生きていくという営み、本来の人間社会のあり方を、
逆にシステムへ還元していくようにすることが大事。

と「橋本節」炸裂で質問の直接的回答には至らず…。
―コミュニティーというワードが出てきましたが、
書いていくことについてどういう構想をお持ちですか?

(橋本)
書きたいことを書いていきたい。
まだ、具体的な内容は特に決めていないので、
考えながら書いていこうと思います。
他のライターの方で合気道の話がありましたが、とても面白いと思いました。自分も始めたくなった!
(※あなたこなたインタビュー)

― 役所で年金のことをやっているというお話だったが、仕事は面白いですか?
(橋本)
年金、とても面白いんですよ。意外でしょ?
年金の仕事を始めて8年目くらいなんですが、
それまで思っていたのと全く違うイメージを持っている。
市役所で年金担当の窓口をするというのは、実は保険の代理店と同じだと思っているんです。
例えば、アフラックさんがアフラックの商品を売っていますが、
実際に看板を掲げて売っているのはアフラック本体ではなく、代理店さんのことが多いですよね?
市役所でも、政府が主宰する年金保険を、ある意味で商品のように、こんなルールですよと説明する。
強制加入なので入ってもらわないといけないのですが、どうして入ってもらわないといけないのかを説明したり、
払えないなら免除制度があることや、免除されたらどうなるのかなどを納得してもらいながら進めていくという仕事なんです。
年金の請求していただくときも、過去の制度的、実務的なトラブルで
自分の年金記録がわからなくなっている人もたくさんいる。

生活保護を受けている方や障害のある方がいる。
日本の行政はもともと申請主義で成り立っています。
つまり自分のことを自分で把握して、必要なら「助けてください」と言わないと、基本的には動いてくれない。
でも、年金に関してはそれだけでは無理が生じていて、記録を管理している側がきちんと案内をして、
説明しなくてはいけないことになった。ようやく、といった感じですけど。
ある意味で、説明責任が行政側に発生してきたとも言えるんです。

そのうえ、行政側が説明や案内を間違えることも、想定されている。
だから、納得がいかない結果になったときの争い方も、かなりルール化ができている。

そんなわけで、お客さんの意向を聞いて、もし自分たちのミスが原因なら、
素直に認めて是正するための知恵を絞る方が早い、ってことも大いにあります。
それで救われるなら、ごめんなさいしても別に構わないやん、っていう感覚ですね。

代理店業務をしているという感覚で仕事ができるのが、市役所の中ではちょっと珍しい。
他の業務では市役所が実施主体となっていることが多いですが、年金はお客さんの側にたって一緒に考えることができる。
直接運営している側ではないので。こういう制度になってますが、どうします?という感じですね。

島本体調不良により一時離脱…
異例のインタビュアースイッチ

障害を受容する

(りょう育ママ)
自分自身が年金を請求したことがあるが通らなかった。
結局もらわなくても生活はできるけれど、圧迫されることはあって大変だった。
申請をしてみて、初診日がとっても大事だとか初診日証明が難しいということがわかりました。
子どもが大人になったとき、今かかりつけの主治医が生きているかどうかはわからないので、
例えば初診日証明するものなどを手元に残しておく必要があるということを私自身気をつけているし、
まわりのママさんたちが知らない。
そもそも子どもが手帳を持つこと自体に抵抗がすごくあるので、
精神の手帳を持ってもその子自身は変わらないし、持っていることも知られない。
もっていることを受け入れ難いので、そのへんをアドバイスいただけたらと思います。

(橋本)
僕自身は手帳を持っていないのだけれど、一時的にうつでお休みをいただいたことがあります。
偏見を持っていないつもりだったけど、仕事を休むこと、メンタルクリニックに通うこと、

お薬をのむことなど、どれもハードルが高かった。
上司に無理やりクリニックへ連れて行ってもらえたのが、結果的には良かったのでしょう。
大きなイベントの前だったのでこのまま仕事を続けると危険だ、という上司の合理的判断だったと思うんですけど。
自分は今、病気なんだという事実を受け入れることができるようになって、徐々に回復していった。
実際に、障害の受容の仕方、病識を持つということがとても難しい、と思います。特に精神の場合。
この前、30歳くらいの引きこもりの方のお母さんから相談があって、20歳前には療育手帳を持っていたが、
子どもさんが手帳の更新には行かない、自分を障害者扱いするな、と抵抗して、返上してしまった。
年金の請求という話以前に、病院を受診すること自体がものすごく難しい、なんていうケースもある。

親御さん側がやきもきしながらも、いかに関係性をつくり、社会に対して「助けて」と言えるかはとても大事
誰かに助けを求める力が、生きていく力。一人ではなく、助け合えることがとっても大事だと思っています。

助けを求めても大丈夫だと、安心して助けを求められるコミュニティ。そこの信頼関係。
障害を持っているということがマイノリティーであったり、マイナスのイメージがあったりする。

そういう部分が刷り込まれていて「助けて」と言えないのかな、と思う。
自分が障害を持っていることを受容できないというメンタリティがあるのではないか?

一人ひとりが関わって、意識を変えていく領域なのかなと思っています。

申請主義を超えていくために

(りょう育ママ)
子どもたちは自分たちのことを理解していなくて、障害の受容をしていない。
まだ小さいので、「助けて」と言えるちからがない。
場面が変わると忘れてしまうこともある。
家では言えていたことも市役所に行ったら言えないということもでてくるかなと思っている。

申請主義ではなく、「助けて」が言えるようになるというところ、
どんな形で変わればよいのか理想でも良いので聞かせてほしい。

右上:急遽の代打で島本が聞かない質問をして話を深めてくれた覆面ライターりょう育ママ    右下:インタビューの記録を採ってくれたライター小山真由美さん

(橋本)

僕自身も答えは持ち合わせていないです。
どうして良いか、まだわからない。

いま、デンマークの勉強をしているのですが、すごい福祉国家です。なぜそんなシステムが可能なのか?
特に障害や病気のある方へのサポートがすごい。
例えば、子どもの病気の治療に親がついていなくてはならない場合には、
医療費も無料だし、親の所得保障まである。

もし、デンマーク国内の医療で対応できなければ、海外への渡航費なども保険で負担してくれるとか。
その代わり、ただの風邪ではお薬もくれないらしい。
そのうえ所得インカムに対する税の負担は70%以上と言われている。消費税も25%位。
それだけ社会や政治に対して信頼感があるということかもしれない。

デンマークで年金をもらう場合は、デンマーク国民であり、デンマーク国内に住んでいなくてはならない。
デンマーク人であることという共同体意識がある。
そういう助け合うシステムがあると思う。

そういう感覚が日本社会には希薄になっているのではないかな。
ナショナリズムという言葉がありますが、どちらかと言うと排他主義を言う意味で使われているのでは。
同朋意識や愛国心、そういう意味が本来あると思う。

日本の場合、農村部では、共同体意識がまだ残っていると思う。
今住んでいるのが宝塚市の農村部で、とても住み心地が良いんです。
都市部とまったく違い、隣りに住んでいる人が何者かということがとても大事であるという社会。
春と秋に道造りという行事があり、道路清掃や簡単な舗装をするような行事がある。

しかも、参加しなかったら出不足金といって一世帯4000円も取られる!(笑)
まあ、お互い首を絞めあっている気もしますが、そうまでしてでも共同体を維持しているのです。

自治会費も結構高いけど、そのお金で祭りをしたり、老人会や婦人会や青年団が活動しているし、
農村のシステムとして残っている。
ヨーロッパの福祉国家はシステムとして共同体、同朋だから困っている人は助け合う。
そういう社会を維持するために社会システムや選挙制度をデザインしていると思う。
日本の農村は、伝統をベースに慣習的に共同体を維持している。

まだ勉強始めたところなので、イメージですが、それが一つの答えなのかなと思います。
日本の障害者福祉は排除の論理からスタートしているのではないでしょうか?
健常の効率的な社会を維持していくために、「助けてあげる」という、
効率的に福祉を行うという考え方が、どこか日本社会のベースにはある気がします。

それに対して、顔が見える人間関係をベースにしたコミュニティが、安心の基盤になればいいが。

「橋本節」炸裂

りょう育ママ)
バリアフリーチャレンジで記事を書くとしたら福祉系以外の事も発信されますか?
(橋本)
年金にまつわることや社会福祉制度の話も書けると思うが、
それだけだとすぐに飽きてしまうかも。同じような内容になってしまいそう。
もう少し広い視野、いろいろな領域から話ができたらいいな、と思っています。

大きなテーマで言うと、医療、教育、宗教的なことや死生観なども大事だと思う。
特に医療では、今から高齢化社会がピークを迎え、たくさんの方が亡くなっていきます。
社会の側に、看取りという死生観が問われる部分が大切になってくる。

尊厳を持って生き、その人らしく逝く。
それがシステム的な負荷をかけすぎないで、できるのか?
というのも大事なテーマだと思っています。

テーマはあまり絞らず思いつくままに書いていきたい。
バリアフリーチャレンジ!はそれぞれのライターさんが持ち味を出して書いているので
一話ずつ読み切りで書こうかな。

旅の話

(りょう育ママ)
ご趣味は?
(橋本)
昔はボーカルだったんです。島本さんはパンクバンドのボーカルだったそうですが、
僕はアフリカのコンゴのルンバロックをしていた。今は昔のお話です。。

田舎で暮らしていると、庭をいじったり植物と戯れることも多くなりました。
今日もバラと牡丹の鉢植えを植え替えたり、庭の掃除をするのも楽しい。
隣の人が草刈りしていて草の匂いがする、とかね。

前のオーナーさんがコンポストを置いていって、そこにいろいろ入れて実験中です。
どんどん虫が入ってきて、腐食が進むと、どんどん体積が減っていく。
野菜や葉っぱなどを放り込んで、いつか堆肥として使えたらいいな。
旅行も好き。今はコロナで行けませんが、
行った先で地域の雰囲気や空気感をリアルに感じる部分と、
文献などで学んでいくから分かることもある。
文献の情報って無限にあるので、旅先で感じたことが手がかりになって、
「なんでこうなっているのか」と思って読み始めることで理解できる部分も大きいです。

昨年、市役所20周年でリフレッシュ休暇を頂いて、バルト3国に行ってきました。
小さな3カ国ですが、それぞれ特徴があって、全然違う!
宗教的にも文化的にも独自のものがあるんですよね。

(りょう育ママ)
旅の文章を読んで自分が旅した気持ちになりたいという気になる。
(橋本)
年末年始に駆け足で香港とマカオにも行きました。
香港もマカオも面白いです。いま、香港は大変だけど。

あんなに小さいところなのに、それぞれ歴史がある。
マカオのカジノの金ピカの建物を見て、カジノいらんかなと思いましたけど。

基本的にカジノは貧しいところでやるもの。
マカオもラスベガスも、元は何もないところでしょう?せめてリゾート客を集めようと、
カジノが生まれてギャンブルやエンタメでなんとかやっていこうということになった。

今の日本でわざわざ作ってどうするの?
何万人雇用が生まれると言っているが、いま人が足りないんじゃなかったっけ?

その人たちが、介護人材に回ってもらう方が良いのでは、と思ってしまします。
IRが利益を生むとしても、基本的にはカジノで負ける人のお金。
誰かが負けた不幸なお金で儲かったというのは、余りおススメしたくないなと思った。

でも、マカオの旧市街はとてもきれいで、素敵な街並みもある良いところです。
(島本)
旅というのは一つテーマとしてあっても良いと思います。
(橋本)
じゃ、基本テーマは旅日誌にします!
(島本)
……(苦笑)……。
今は公務員として頑張っていらっしゃるが、もともと公務員を目指していたのですか?

共同体を紡ぐ対話の政治を目指して

(橋本)
公務員を目指していたわけではなく、もともとは政治家になろうと思ったのです。
でも、学生の時少し選挙に関わったら、事務所が選挙違反の嫌疑をかけられて、大変なことになった。
これは、今の自分ではとうてい太刀打ちできないと思って、勉強しようと思って役所に入ってみた。

日本の行政システムは国から地方までつながっていて、法律や規則を国が作るので、
やはりどうしても、国の方を見て仕事をしているところがあります。
でも、制度の狭間やこぼれおちてしまう現実もたくさんあると思っていて。
それで、実際に起っていることは、市役所のカウンターを挟んで市民と接する現場とか、
福祉や行政システムのフロンティア、最前線だと思うので、
そこで何が起こっているのか、知りたいと思って市役所に入った。

ちょっと勉強して羽ばたこうと思ったら、22年もいてしまった(苦笑)
(島本)
今後の人生のビジョンは?
(橋本)
日本では政治家になるには、いずれは仕事を辞めなくてはならない。
自営業の人は、仕事を続けながらでも出来るのかもしれないけど、一公務員だと辞めたら無職になる。
勇気のいること。
たぶん、宝塚市役所でも政界進出を考えている人は、誰もいないでしょうね。そのくらいハードルが高い。
一般の市民の人でも気軽に「選挙に出ようかな」という話題にはならないのでは?

なんだろう、自分たちのこと、のはずだけど、なぜか他人行儀な感じがしませんか?
そのへんが本当に共同体として、助け合えるコミュニティを実現することのハードルになっているのかも。

(島本)
荒川さんがフェイスブックに上げていた記事に「政治家にはなりたくないが、国会議員にはなりたい」
というのがあった。
政治家はけっこうハードルは高いけど、国会議員なら楽してお金もらえるという感じがあるのかな?

(橋本)
政治家のイメージとして、選挙に通ればいいんでしょ、という感じがあるのかもしれない。
民意をくみ取るために、選挙制度や政治システムが十分に機能していないのかもしれない。
市民も政治家も、お互いにリスペクトされていないというか。

僕は国会議員にはなりたくないが、政治家にはなりたい。
共同体を紡ぎ、次世代につなぐ触媒になれればいいな、と思う。

いつも、そこにある見えない共同体をイメージしています。
宝塚市民であり、市役所職員として職員組合というコミュニティーにもディープに関わっている。
そのコミュニティを、どうやってつないでいくのか。すごく難しい。

たとえば、役員をすると責任が重いと感じるのでしょうか、引き受け手が少ないです。
でも、自分が知らない現場の事を知ることができる。
ぼくはそれが面白いと思っているのだけど、みんなはそう思わないのかなあ。

組織を紡いでいく。世代を超えて、チェーンをつなぐようなイメージをもっているけど、
モノじゃないから思った通りには行かない。人間同士のダイナミズムっていうんですかね?

いずれは、自分たちの社会はコントロールできる、作っていけるというメッセージが
多くの人にシェアされて、一人一人が繋がりを深めて行ければ、共同体は良くなっていく。

バリアフリーチャレンジのように、発信しながら大なり小なり社会を変えることができると思って
活動されているということ。そういうコミュニティに関われるのは、とても意味があると思っています。

一人ひとりの頭の中を、意識を簡単に変えることはできない。
でも、少しずつでも続けていけば、
ある時になると、弾けるかもしれない。
答えまでは見えないかもしれないけど、種をまいて、耕していくことにはなると思う。

最初から大きなところ狙ってもできないので、
一人ひとりと対話をするのがベースになっていく。

最後まで「橋本節」炸裂

投稿者プロフィール

橋本成年
橋本成年
宝塚市役所職員・労働組合役員・一社)宝塚まち遊び委員会理事・キリスト教徒(カトリック)