<聞き手:島本昌浩>
インタビュー実施日:2020年6月21日@Zoom

ーブログやライター募集時の面談で知った情報でしか私は西濱さんを知りません。
大学生でピアノを頑張られているという理解なんですが、あっていますか?

(西濱)
あっています。

アノとわたし

ーピアノは何歳くらいのときに始めたのですか?

(西濱)
すごくすごく遅いのですが、小学5年生の11月あたりからなんです。

―11月という月まで覚えているのは、何か印象的な出来事があったのですか?

(西濱)
私が通っていた小学校でちょうど音楽会があったので。
その時期だったのですごく鮮明に覚えているんだろうなと思います。

―ピアノを始めたきっかけはなんですか?

そうですね。
もともと音楽が好きだったということもありますし
、周りの子が合唱や合奏の伴奏をしていて、
その伴奏に憧れたのがきっかけかなと。
家にキーボードがあるのですが、
そこにクラッシク音楽がいっぱい入っていて、
そのクラッシクピアノを聴いていて弾けたらなと思ったのもあります。

―小さい頃からピアノの音色には惹かれるものがあった?

(西濱)
そんな感じです。

―ご両親がすごく音楽が好きだったというような環境はあった?

(西濱)
いいえ。母が幼少期にエレクトーンを習っていたことがあるのですが、
そんな音楽一家ではないです。ごく普通の家庭だと思います。

※記事終盤に西濱さんが作曲されたピアノ曲の演奏動画がございます。
記事から彼女の歴史と人柄を感じたあとに聞いて頂ければと思います。

―ピアノをされていることと、
今発達障害があるということはわかりました。
障害について伺うことになりますが、
言いたくないことは言わなくて全く問題ありません。

思春期に経験した生きづらさ

―発達障害という言葉自体、ぼくが小さいころは社会的には浸透していませんでした。

(西濱)
そうですよね。

―周りにいたんだろうけど、個性的な子という感じで特に意識することなく僕は接していたと思う。
実際、そういう診断名はついていなくても、社会にはそういう方々はいらっしゃる。
これまで生きてきて、何か違和感というものはあった?

(西濱)
ありました。ものすごく。
なんで自分だけこれができないんだろうと思う瞬間が何度もありました。

―僕は障害についての情報発信をしているので、
本などで学ぶ程度ですが、発達障害にはどういうものがあるかという知識が今はあります。
その理解で言うと、特定の部分が苦手という特徴がありますよね。

(西濱)
そうですね。

―差し支えなければ、
自分が診断された障害の特性として
どういうものがあるか教えてもらえますか?

(西濱)
コミュニケーションがすごく苦手で、
こういう面接はできるのですが、例えば、女の子同士の高度な会話、
中学生くらいから恋愛の話、
おしゃれやゲームとかそういうのに、
ついていけなくなって。

それから3人以上の会話が苦手で、
自分が発言するタイミングが掴めなかったり、

何を話しているのかわからなくなってきて
、結果としてだんまりになってしまう

ということがよくあったんですよね。
そういうコミュニケーションでの困り感があります。

あと、ピアノをやっている人が言うのもなんですが、
すごく手先が不器用です。

力をうまく入れられなくて、
お菓子の袋を開けれなくてバカにされたり、

すごく運動音痴で、まわりの人に怒られたりとか。
グループ学習も苦手で自分が何をしていいのかわからなくて、
入っていけなくって、「さぼらないでよ」
って言われたこともありました。

―集団になるとやりにくくなるという感じですか?

(西濱)
そんな感じです。

それは結構小さい頃から感じていて、
一般的に多感な時期にもそういう事があった?

(西濱)
高校生の頃はずっと孤立していて、
小学校のころから孤立することはあって、
やっと6年生くらいになったとき入れたかなという感じで
、中学のときは幼馴染がいたので
2〜3年のときは孤立しなかったのですが、

1年のときは孤立していました。

高校生まで孤立した時期だったなと思っています。

―その中で、引きこもりの会などにも参加されたりしている
ということを聞いています。

学校で孤立した時期に、学校に登校できなくなる
こともあったのですか?

(西濱)

ものすごく必死に通っていたので、ほぼほぼなかったです。
中3の頃に一時期通えなくなった時があったんですよね。
そのときは孤立していたわけではなかったのですが、
苦手なくせにコミュニケーションを必死で頑張っていたり、
まわりから聞こえてくる悪口がすごく苦手だったり、
それで萎縮したりといろいろ積み重なって
2〜3週間くらい行けなかった時期がありました。
不登校と言うほどではなかったのかなと思います。

―その時期は自分に発達障害があると
知らないで過ごしていた?

(西濱)
15歳になるまで、発達障害という概念すら知らなくて、
なんとなく違和感は感じていたけど

それが何かというと、口では表現できなかったし、
通常学級で普通に勉強していたので、
まさか自分が発達障害を持っているとは

夢にも思っていなかったです。

発達障害とわたし

―それが、今は自分に発達障害があると自覚されていますよね。

(西濱)
そうですね。

―医療機関でその診断を受けた瞬間があると思います。
自分はちょっと違うかもしれないという感じで、
そのままにしておかなかったから検査などを受けて、
障害という診断が出たと思います。
それはいつ頃の話ですか。

(西濱)
母がずっともしかしたらこの子は発達障害じゃないだろうかと、
生きづらさを感じているなと思っていたみたいで、
15歳のときに発達検査を受けたんです。

あきらかにできることとできないことの差が激しいと。
「凸凹」だったんですよね。

それが発達障害の特徴で、
その時は病院ではなかったので診断はできなくて、

19歳のときに病院に行っていろいろ困ってきたことなどを伝えて
診断名をもらったという感じです。

―もっと小さいときに、親御さんが自分の子どもを発達が遅いかもと感じて
病院で診断を受けて原因が分かって安心するということは結構あるそうです。
自分の中で、そういう安堵はありました?

(西濱)
最初は正直、今までずっと通常学級で勉強していたのに、
突然発達障害を持っていると言われて、何がなんだかわからなくて、
19になったときはまだ受け入れられたんですけど、
15のときはまったくで、
もう、間違った人間だと言われているみたいで、
絶望的な気持ちになったことを覚えています。

―今回ライターに応募をしていただいたときのやり取りで、
そう感じたことについて、「自分こそ障害者差別の意識を持っている、差別していることになる」
という思いがあるとおっしゃっていました。これは複雑ですよね。
発達障害の方は結構いると思います。でも、私も含めて世間一般の人は
表面上はそれを見分けられないと思います。

本人にはすごくやりづらさがあるわけだけど、
周りからはどこに障害があるのかというのが見えない。
このギャップで、本人にはストレスがかかるかと思います。
「自分はここが苦手です」
というところは明確になってきているのですか?

(西濱)
そうですね。
だいぶ、自分が苦手なところはどこなのか
というところは自己把握できるようになったと思います。

―集団が苦手というのがあったという中で、
まわりの人にそのことを伝えるというようなことは最近はされていますか?

(西濱)
予め困りそうな教科であれば、
学校の先生には自分の特性を伝えて把握してもらうようにしています

―友だち関係では、そこまではやらない?

(西濱)
まだ言っていないです。

―そういう多感なところに、
「生きづらさ」や「困り感」というワードがありますが、
その中でピアノの存在はかなり大切なものですか?

(西濱)
そうですね。
聴くのも弾くのも大好きなので。

―ピアノに向かっている時間は、
自分を解放できる感じがある?

(西濱)
そうですね。
コミュニケーションが上手くできなくても
楽の前ではみんな平等というか、嘘をつけないんだろうなというのがあって。
自分の気持ちがストレートに音楽に表れるなと感じていて。
そういう意味でも音楽は素敵だなと思っています。

想いを伝えていきたい

今回インターネットで募集して、今まで縁のなかった人に
ライターチームに加わっていただいています。西濱さんはその
一人目になります。

そういう意味でもどういうことを表現していってくれるのか
私自身楽しみなんですけど、
既にブログ(プロフィール欄参照)をされていますよね。
そこでハンドルネームとして使われている「ルルー」には、
どういう意味があるのですか?

(西濱)
小学生時代の学校で孤立していた頃に、図書館でよく本を読んでいました。
「風の丘のルルー」という村山早紀さんという作家が

書かれた本にはまっていた時期があって、
ルルーという主人公の女の子がいてそこからきています。

―お母さんが一番そばにいる時間が長いというのがあると思うのですが、
障害について、ちょっとなにかあるかもしれない
と気がついて診断につながったという話がありました。
今、お母様とは仲が良くて日常のことは
二人三脚でやっている感じですか?

(西濱)
そうですね。
喧嘩することもあるのですが、
全体でみれば仲がいいという感じで、
困っているときにはいろいろ助けてもらったりしています。

―大学生のお母さんだからお若いですよね。

(西濱)
50代前半くらいです。

―今、ピアノを頑張っていらっしゃること、
いろいろ弾かれている動画もブログにアップされていて、
技術的なことはわからないのですが、聴いていて旋律がいいなと思ったし、
すごいと思います。毎日弾いているんですか?

(西濱)
学校などで忙しい日以外は毎日弾くようにしています。

―将来的にはピアノに関わることをやっていきたいとお考えですか?

(西濱)
はい。

―今所属されているのは何学部ですか?

(西濱)
音楽学部です。

―音楽学部というのがあるんですね。そのピアノ専攻?

(西濱)
はい。

―まさにピアノを専門に学ぶ場にいらっしゃるわけですね。
そこを卒業する方のその後の進路はどういう感じですか?

(西濱)
音楽の道に進む人はほんの一握りです。
大学院に行く人も少ないんですけどいますし
、就職していく人もいます。

人によって様々だと思います。

―その中でゆいかさんが目指されるところは?

(西濱)
ピアノの先生になって、自分と同じような困り感を感じている人に教えていけたらなと思っています。
まずは就職もしなきゃなとも思っていますが、ピアノの演奏家としてやっていきたいと思っています。
働きながら少しずつでもピアノ講師としてやっていけたらなと思っています。

―ピアノ一本では現実的にはなかなか大変ということもありますもんね。

(西濱)
はい。

―そういう点では、現実的な考えをお持ちなんですね。

ピアノの先生の中でも困り感がある人を中心に考えて教えたい、
対象が一般ではなくてそこなのはなぜですか?

(西濱)
自分が発達障害を持っているからというのもありますし、
ピアノや音楽がその子の心の支えになればいいなと思うところもあります。
もちろん発達障害の子以外の子にも教えたいし、
様々な人に教えていけたらなと思っています。

―自分の今まで生きてきたことが活かせる相手てとして
自分と似たような人だったらより役に立てるのではないかみたいな思いがある?

(西濱)
少しは困り感とか抱えているところに寄り添えるかなと思っています。

―最初に書いていきたいところとして、
自分の困り感というのがでているんですけど、
発達障害があることによる困り感。
そこは一般の人にはわかりにくいところだから
知らせていきたいという思いがある?

(西濱)
少しでも知っていただきたいと思って。
私だったらその時こうしてもらえたら助かったかな
というところも書いていけたらなと思っています。

―書ける範囲で自分の経験してきたことも活かしてということですね。

(西濱)
はい。

―今同じような困り感のある人はたくさんいると思います。
そういう人たちがよりよく生活を営んでいくには、
何が必要だと思いますか?

(西濱)
まわりの人や自分自身を理解する必要ある。
自分の得意分野でやっていけたら少し楽になるんじゃないかな。
苦手なことは本当にできなかったりするので、
集中力がすごくあるとか、
同じ作業がずっとできるとか、本人が得意なことについての
まわりの人の理解が必要だなと思っています。

 

投稿者プロフィール

西濱優衣香
西濱優衣香
発達障害を抱えながら音楽大学ピアノ専攻に通う。
ASDやADHDの生きづらさをブログで発信中。
思わず涙してしまうピアノ曲を作曲、演奏動画もアップしています。
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